大阪維新の会を退会した理由について

なぜ今回、無所属で出るのか?

このたびの大阪維新の会退会におきまして、皆様から質問を頂いておりますので、回答致します。

二重行政の解消を目指し維新の会(党)で活動して、
この府議会・市議会で5月の住民投票が決定しました。
あとはこの住民投票の結果を受けて粛々と進められるもので、
もちろん住民投票でOne大阪が決まることを願っておりますが、ご存知の通り、
あくまでも住民投票は大阪市民の投票であり、摂津市選出の府議としての出来ることは
もうほとんどないと考えております。

逆に、5月の住民投票以降について「維新の会(党)の府議会議員」としてよりも
「摂津市選出の府議会議員」としての仕事が重要となってきます。
今後、大阪市の解体が決定し、大阪府市統合の拡大の話が出る中で、
大阪府全体としての利益を優先する為に、小さいところ、
例えば摂津市に不利益が出てもしかたがないという考え方が維新の会(党)には出てくると思います。

4年間、維新の会(党)にいて分かったことでありますが、
下から上への意見を集約する体質がありません。
みなさんも外から見ていて分かるとおり維新の会(党)は、数人の執行部が決定して、
府議・市議あるいは国会議員を従わせる典型的なトップダウンの組織です。
私自身、4年間、この体質を何とか変えようと試みましたが、
体制を変えるまでには至りませんでした。

確かに大きな改革を行う際には、強力なリーダーシップが必要とされますが、
5月の大阪市民による住民投票が決まった以降は、それぞれの地域の実情に合わせた
細やかな意見の集約が必要となっていきます。

摂津市の府議会議員は一人だけです。維新の会(党)と地元(摂津市)の利益が相反した時には
私は地元を大切にしたいと思い、無所属で出ることにしました。

もちろん大阪府市統合は賛成ですし、協力していきたいと考えております。

なぜ前回、自民党を離党して維新の会から出ていたのか?

もともと「One 大阪」「大阪府市統合」は、自民党の考えでした。
それが維新の会が自民党から分離独立し、その為、感情的に対立する中で、
政策そのものが否定されてしまいました。
4年前、今もそうですが自民党で、この「One 大阪」「大阪府市統合」を
進めることは出来ないので、自民党を離党しました。

一方、4年前の政治状況は、国は民主党政権で大阪府は維新の会の知事でありました。
そのような中で摂津市内の国の事業、府の事業を停滞させることはできません。
摂津市内の事業は大阪府との連携が多く、維新の会が大阪を変えられると確信し、
維新の会に入り活動してまいりました。

現に維新の会はこの5年間多くの改革を推進してきました。
摂津市内の国、府の事業でこの4年間、中止とされたり、大きく滞ったものは無いはずです。

一貫性がないのではないか?

「無所属、自民党、維新、そしてまた無所属と変わる私には一貫性が無いというご意見も頂きますが、私には絶対に変えられない2つのことは貫いております。

第1に「大阪府議会議員」として、大阪府の行財制改革、最大のものは大阪府市統合を進めること。

第2に「摂津市の大阪府議会議員」として、摂津市の為にになるよう最大限に働くこと。


この二点であり、今までの説明でこの二点について
終始変わることなく貫けたことがご理解頂けたと思います。

これからもこの信念のもと頑張ってまいります。
今後も皆様の変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。